「最近のテニス選手はネットプレーが下手だ」という声は、至るところで聞く。
実際現代のテニスのシングルスではネットに出るプレーはかつてより少なく、あったとしてもコースが甘かったり、ミスになったりする場面が頻繁に見られる。
4強と呼ばれるフェデラー・ナダル・ジョコビッチ・マレーを見ても、明確にボレーやスマッシュが上手いと言えるのはフェデラーだけであり、それ以外の3人は(今の時代であることを考慮しても)トップ選手としては標準かそれ以下である。

ではなぜ現代のテニスではネットプレーのレベルがここまで落ちたのか。
それは現代のテニスの試合の様相を見ればよくわかる。

現代のテニスでは選手がベースライン後方に押し下げられており、ひたすら後ろで自分のコートを守るテニスになっているのである。

そうなった理由はラケットとコートの変化にある

80年代頃、特にマッケンローがいた時代の試合を見ると、多くの選手がネットに出て積極的にボレーをしている。
「サーブ&ボレー」が当時の最も主流な戦法であったことからも、当時のネットプレーの盛んさがうかがえる。
マッケンロー/エドベリ/ベッカーなどのサーブ&ボレーヤーは言うまでもないが、ストロークを最も得意とするコナーズやボルグでさえサーブ&ボレーを多用し、積極的にネット前に出ていたのである。

これはなぜかというと、当時のラケットの性能の問題
80年代初頭まではラケットが木でできており、形も今のラケットとはかなり違い、面も小さい。そのため、ボールにスピードが出ず回転もかかりにくいため、ストロークやサーブでポイントに繋げることが困難であった。
そのため、確実にポイントをとるためにはネットプレーが必須であったのである。

球足が遅くボールが跳ねるクレーコートでは結局ベースライン上でのストロークの応酬となってしまうためネットプレーの重要度は当時も低かったが、速い展開が求められる芝のコートではネットプレーは最も重要度が高いと言われていた(先にネットに出ないと相手に先にネットに出られて決められる)。

しかし、80年代半ばにラケットは進化し、現在に近い形になった。
ボールにもスピードが出るようになり、回転もかかりやすくなった。これが何を意味するかというと、サーブやストロークだけでもポイントをとることが可能となった。つまり現代のネットプレーを必要としないテニスは、ここから始まったと言える。
(とはいえ80年代~90年代までは今より面も小さく今ほどスピンがかからないため、80年代までの名残でサーブ&ボレーやネットプレーは行われていた。本格的にそれらが減っていくのは2000年以降である)

そして、現代のナダルやジョコビッチなどのテニスを見ていれば分かる通り、今のラケットはかなり回転がかけやすく、ネットの上高いトップスピンのボールが行きかう。つまり、打ち返すためには後ろに下がる必要があり、このトップスピンのせいで現代の選手はどんどんベースラインの後ろへと押し下げられ、結果的にネットプレーとは無縁に近い、ストロークでひたすら自分のコートを守る時代へと突入したのである。
当然このスピン重視のテニスの開祖はボルグ
(実際フェデラーやツォンガなどの攻撃的な選手やネットに対して積極的な選手は、少しでも前の位置で打つためにライジングショットを多用している)
また、ラケットも面が広がり、ボールを捉えやすくなったことで、速いボールにも安定して返球することができるようになったことも、ネットに出にくくなった要因の一つである。

80年代に活躍したイワン・レンドルは、ある意味最もこの現象を象徴する選手であるかもしれない。
彼は80年代の選手にしては珍しく、サーブとストロークが得意でネットプレーが不得意な選手であった。
そのため、80年代前半は(上位にこそいたものの)4大大会のタイトルにあと一歩届かないことが多かった。(実際80年代前半の彼は4大大会の優勝はなく準優勝が多い)

しかし、ラケットが進化し、ネットプレーの重要度が落ち、ストロークとサーブで戦うことができるようになった影響で、80年代半ばから後半にかけて4大大会優勝を獲得し、世界ランキング1位の座に長く就いている。

実際彼は当時ネットプレーが必須と言われた芝のウィンブルドンのみ4大大会の中では惜しくも優勝経験がない。また彼が1番最初に獲得した4大大会のタイトルは土の全仏オープン(1984)であった(=クレーコートであれば80年代前半でも戦うことができた)。

ラケットの変化の影響を最も受けた選手がレンドルであるといっても過言ではない。


またコートの変化も要因の一つである。
以前話した通り、ラケットの進化の恩恵を最も受けたのがサーブであり、80年代後半~90年代のテニスではビッグサーバー蔓延る時代となり、テニスの高速化が頂点に達し、サーブだけでポイントが終わってしまうような単調な試合が多くなった。
それによって観戦者から「今のテニスはサーブ1発で決まってつまらない」と批判され、2000年以降はコートがスピードが出にくいものに作り替えられたのである。
ボールにスピードが出ないということは、強いボールを打っても相手を崩しにくいという事であり、アプローチショットの精度は当然落ち、ネットには出にくくなる。こうしてコートという側面からも、ネットプレーが使いにくいテニスというものが形作られてきたのである。

今の選手がネットプレーが下手というのは、ラケットやコートの影響で使う機会が減ったのが原因であり、決して練習を怠った結果ではない。
特に2010年以降、ジョコビッチが覇権を握ってからは、守備力重視のテニスに拍車がかかった印象があり、今後テニス界がどう動くか、これからも見守っていきたい。

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